特集(2003年6月1日号)  

●年に4回発行の「さがみ愛育会情報誌」より、特集記事をお伝えします。

 

特集 いざスタート "第三者評価"

― 保育は、職人芸でいいのだろうか ―

 

 1997年児童福祉法が改正され、長い間続いてきた行政の「措置権」が終了し、かわって利用者が選ぶ保育園時代がスタートしました。いわゆる、利用者主権時代の始まりです。一方、2000年に生まれた新社会福祉法には、福祉サービスの質を評価することが記され、受ける側の視点から良質で適切なサービスを提供する努力義務が課せられています。あわせて、利用者の意見を反映する客観的な評価基準を策定し、第三者機関等の設置が必要になるという付帯決議もついています。こうして情報公開、苦情解決に続く第三者評価制度の創設によって、いよいよ福祉改革の三点セット全てが、出揃ったことになります。

 さて、厚生労働省は平成10年から保育所の第三者評価について検討作業を開始しました。それは、保育研究者や保育団体の代表で構成する「検討委員会」によって試行検討を重ねながら、遂に昨年3月末日に52項目からなる第三者評価基準を策定し、全国保育士養成協議会が事業化したのです。さっそく同協議会は、システムや実施要領を策定し、評価調査者を育成したうえ、募集に応じいち早く手をあげた保育所等に、本格的に第三者評価事業を開始したのです。

 そこで今回は、保育の質の評価方法等について当初から研究者の立場で深く関与し、しかも評価事業の運営委員長の立場にある白梅短期大学学長石井哲夫先生に、その解説と周辺の事情のコメントをお願い致しました。

 

「第三者評価をスタートさせて」

 私は、いま全国保育士養成協議会(HYK)が行っている保育所を含む児童福祉施設に対する第三者評価事業の真っ只中にいます。第三者評価とは社会福祉基礎構造改革の一環として、保育所や児童養護施設などの社会福祉施設が、

@社会福祉援助を必要としている利用者に対して、よりよい援助ができるようにするため 

A利用者が自分の必要としているよりよい社会福祉援助が選択できるようにするため等、利用者と援助者という二者関係を広げて、それ以外の第三者が評価を行うものであります。

 措置制度下においては、行政が国民に変わって、社会福祉施設や機関に対して、公費が適正に使われ、よい仕事をしているかどうかという監査を行ってきましたが、この第三者評価は監査とは異なり、援助者が自己評価を行うことを基盤として、それに第三者の評価を重ねて、援助者自身によって、自分の仕事の反省もし、改革も行っていくように考えられているものなのです。このような評価は、産業界の品質管理の仕組みになぞらえたもので、アメリカにおいてはISOという評価機関が認められています。そして、我が国でもこの評価を受けている処も出てきています。

 私は、厚生労働省の雇用均等児童家庭局において、この第三者評価を検討する委員会の座長になったり、これについて研究し実践している全国保育士養成協議会が設置した第三者評価機関の運営委員長になったことから、はじめに書いたような状況におかれています。この評価機関では、昨年度初めて、60施設余りの保育所などの評価調査を行ってきました。その結果を総括すると、現時点では極めてよかったという思いを抱いています。  

 その第一にあげることは、この渕野辺保育園のような平生から胸を張って仕事をしてきた良質な施設が参加して下さったことと、多くの施設から感想として、「平生は、分からなかった色々な気付きがあって、評価調査を受けてよかった」という感想が寄せられたことです。

 そして第二は、評価調査者になった保育士養成校の教育研究者たちが「この評価調査が自分の教育研究に役立つ貴重な現場体験となった」という感想を述べていることです。このことは早くから社会福祉現場と教育研究者との相互的交流の必要性を感じ、その実現を主張してきた私にとっては、この第三者評価の結果から交流が実現しつつあるという実感を持ち、悦びを強く感じているのです。

 我が国は、国際的に保育先進国と言われています。日本人が持つ独特なきめの細かな感性あふれる保育を行う保育士達によって、今までの年月をかけて作られてきた我が国の保育伝統を、さらに高度なものと発展させていくことを願い、かつそのことによって、親の選択眼もより高められていくような方向を目指して、この第三者評価事業を行い続けようとするものです。  

 いま私達の手元には評価調査が終わった保育所の関する資料が山積しています。どの保育所もそれぞれよい点や問題点があるのですが、このような情報が社会公開され、保育について国民の関心が高まり、認可保育事業の実績を知ることによって、安上がりの保育で間に合わせるという考えではなく、他を倹約してでも、よい保育にお金をかけていくようになって欲しいと思うのです。

 この第三者評価事業を契機として、保育現場の人達と保育士教育に携わる人達が結束して、我が国の伝統ある高い保育水準を維持し、向上させていくように努めようではありませんか。   

     全国保育士養成協議会「第三者評価機関」運営委員長  白梅学園短期大学学長

日本自閉症協会会長

石井 哲夫

 石井先生のコメントにあった通り、当園は去る3月17日、第三者評価の訪問調査チームをお迎えました。著名な3名の先生達は、丸一日それぞれ役割を分担し、マニュアル等と比較しながら主任から、新任、中堅、幼児担当、乳児担当、看護師、栄養士それに調理師等までのヒアリングを行い、観察でも日常の保育室や延長保育の現場、それに迎えの父母とのやり取りまで含め、腰を据えてご覧になっていました。訪問調査終了後、職員達にその感想を聞くと、「じっくり見られていると感じた時は、多少の緊張があったが、保育の開放は日常的であり、もともと保育という営み自体オープンなものではないか」と、私の心配をよそに呆気ない位の返答でした。そこには、行政の指導監査が保育現場を把握していなかった積年の鬱憤?を、無意識のうちに晴らすような心情が働いていたのかもしれません。

 なお、評価結果については既に各訪問調査チームから、ワーキンググループを経由し、評価決定委員会による最終審査が行われました。そして、決定した評価結果について園の同意が得られれば、子ども未来財団"子育てIネット"を通じ、近日中に公表される手はずになっています。  処で第三者評価には、事前に無作為で抽出した三分の一の利用者アンケートに加え、園自身が行う自己評価表の提出が求められます。その際、園のしおりなど情報誌やホームページ等も参考資料ですが、特に事前にチェックする自己評価表が重要な評価対象になってきます。なぜなら、利用者アンケートの結果や訪問調査者の視点と自己評価とを比較して、自己評価の方が著しく高い場合は、説得力が不足しやすい傾向になるからです。もともとこの評価システムは、第三者を意識した自己評価が行われることによって、仕事をする事業者に「気付きの機会」を保障することにあります。

 そこで日頃から、保育内容など質的な面の未熟性を自覚していた当園は、改善する手がかりになるようにと、この第三者評価を位置付けました。つまり、恥も外聞もかきすてて、臆せず申込みをした意味は、マンモス保育園だからこそ職員組織レベルの保育内容を担保する必要があることを痛感していたからです。こうして昨年度は、丸一年かけ若手職員を中心メンバーとする検討委員会の発題をもとに、ワークショップ等の手法を駆使しながら、見直し改善を進めてきました。そのためには、マニュアル策定とそれを全職員に徹底する作業が重要ですが、特に利用者の視点に立ち52項目の評価基準に沿って、一つずつ具体的に保育内容を見直すことが目標でした。

 ちなみに私自身も、評価調査者の認定講習を受け、評価側の視点を理解するよう努めてきましたが、それらは全て自己満足の世界に陥らないためのロールプレイ的な取組みだったと言えるかもしれません。処で保育界にはマニュアル保育自体を否定する議論がありますが、全職員が果たすべき一定レベルの保育をマニュアルとして位置付け、その上にそれぞれ保育者の持ち味を生かす専門性(職人芸保育?)を発揮することが求められます。

 当園の事例でいえば、早朝保育は主に若手職員がマニュアルに沿って行い、遅番シフトには経験のある職員を配置し、例え一言でも迎えにきた父母とコミニュケーションする体制を確保するよう目指しています。こうして全職員参画による保育内容の見直し作業を一年間進めた結果、園の古い体質でもあった「個人プレイ」的な職人芸保育が、しだいに内部から否定される経過をたどってきました。結果として、保育技術などに未熟性があったとしても、全職員に主体的な発言力や責任感が浸透し、チームワークが活性化する相乗効果に広がってきたように思います。ともあれ、若い保育者達が仕事にプライドをもち、働きやすい職場になってきたことを実感しています。  

 処で第三者評価が、公立保育所の参入も目指して、主に保育内容に限定している点は、多様な保育機能や複合関係などを実践する民間保育所から言えば、やや残念な思いがあります。なぜなら、日常の保育現場に相乗的な関係性をとりこむマネージメントの力が大きな存在になっているからです。それゆえ、一律20万円とせず、規模に応じた申込料とすれば、保育ソーシャルワークの質的な面も含め、もう少し時間をかけて評価する方式が定着するように思っています。  

 とにかく、完璧な保育など存在しないと考えるならば、利用者の苦情や意見を傾聴しようとする姿勢が自然体になってきます。そして、少しでも保育の質を高めることを目指し、自らに課題意識を課すという視点に立てば、第三者評価の果す役割は、大変大きな力になるはずです。とにかくこの評価事業が適切に機能すれば、保育園や利用者はもちろん、調査者となる研究者と保育現場の距離が縮まる大切な機会になりますので、一挙三得くらいの効果があるのではないでしょうか。

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「子どもの権利を考える」

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「苦情解決制度導入と第三者評価について」

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「統合保育が当たり前の世の中になることを願って」

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「共生社会に関する保育所の役割

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「園の開放と不審者侵入防止策の両立は」
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「乳幼児健康支援一時預かり事業(病後児保育)」
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「保育士の専門性とは何か、、」
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「保育の質を高めるために」

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「ふるさと保育の創設」
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「社会福祉法人を検証する」
バックナンバー 「少子高齢社会における複合施設の役割」