(2001年6月1日号)

「共生社会に関する保育所の役割

―参議院特別調査会へ参考人として出席して―

特集

 参議院には、国政の基本的な問題に対し総合的な調査研究を進め、政策提言を行う特別調査会があります。日常の保育園指導や公費助成を担当する機関は行政府ですが、国会は国政全般を司る立法府ですから、いささか様子が違います。

 参議院に去る4月2日、「共生社会に関する調査会」の参考人として招かれ、保育園の役割について発言させていただく機会を得ました。各党議員約15名と事務局を前に、前田 正子氏(ライフデザイン研究所)、普光院 亜紀氏(保育園を考える親の会)、松井 香氏(企業取締役)それに私(松岡俊彦・さがみ愛育会渕野辺保育園)の4名の布陣でした。参考人の発題は一人15分ですから、ポイントを絞っての話でしたが、この後の質疑は具体的な両立支援の保育問題だけに活発な議論が展開されました。

 後で事務局から伺うと、今回は女性議員を中心に、とても関心が高かったとのことです。ちなみに会議を進行する調査会会長は石井道子議員ですが、会議中は全て「〜君」と呼ぶのが慣例とか、何か真剣な議論とは別に、ユーモアのあるホッとするような親しみを感じました。

 また私達が、ゲストという立場のせいか、保育制度論など微妙な質疑には深入りせず、穏やかな笑顔で迎えて下さり、僅かに「保育の質と企業の保育参入」について意見を求められる程度でした。以下、参考人リーダーとして活躍した保育制度研究者、前田 正子氏の発言要旨です。

 

保育改善は働き方の改革と両輪で

1、なぜ保育ニーズが増大しているか

 ここ数年、認可保育所への入所児童数が毎年3〜4万人増加しているにも関わらず、待機児童数も毎年3万人以上発生しています。この要因には

@育児休業制度が普及し、仕事を継続しようとする人が増えている。

A男性の雇用が不安定化している中で「子どもがいるからこそ家計の安定のために働きたいという人が増えている

ということが考えられます。

2、増える共働き

 このような状況の中で共働きの人が増えています。日本の夫婦を見た場合は、専業主婦世帯に比べ、共働き世帯の方が多くなっています。また、働く女性というと都会のキャリアウーマンの話だと思われがちですが、実際には首都圏は専業主婦率が高く、地方の方が女性の就業率が高くなっています。これは都心部に比べ男性の所得水準が低いため、共働きで家計を維持するのが一般的になっているからです。

3、保育供給の目的達成を自治体に義務化すべき

 また、就学前児童人口に占める認可保育園の定員の割合は自治体によって大きく異なっています。例えば、石川県小松市などでは就学前児童100人に対して45人の子どもが保育園に入れますが、神奈川県大和市では僅か8人です。大和市ではベビーホテルの児童死亡事故が起こりましたが、これには認可保育園があまりにも少ないため、劣悪な無認可にも子どもを預けざるを得ないという事情があります。

 この事件に対しては監査に入りながら事件を食い止められなかった県に非難が集中しましたが、本当に責任があるのは認可保育園の整備を怠ってきた大和市にあります。このように自治体の保育事情に大きな差があるのは、何よりもそこの首長や議会のやる気の差だと思われます。そこで各自治体の待機児童や保育ニーズの現状をふまえて保育の供給量の目標を設定し、一定期間内に整備することを義務化すべきだと思われます。

4、重要な働き方の改革

 どこの国でも、働く母親の増加に保育の整備が追いつかず社会問題になっています。日本の保育園は諸外国に比べると整備されている方ですが、これだけ保育状況が厳しいのは日本の親の働き方が厳しく、長時間労働だからです。

 どこの国でもエリートは長時間労働ですが、多くの人々は夕方早く家に帰り、未既婚、子どもの有無に関わらず、仕事と個人生活がバランスの取れる働き方をしています。日本の労働時間の見直しを進めない限り、保育だけではなく子育ての問題も解決しないと考えられます。例えば日本の場合はパートは低賃金労働の代名詞ですが、ヨーロッパ諸国ではフルタイムとパートの均等待遇が進み、パートは正規雇用の短時間就労と位置付けられています。

 特にオランダなどは、子育て中は夫婦ともども労働時間を通常の0,75に短縮し、夫婦で1,5人働いて残りを子育てに充てようという「1,5稼動モデル」のキャンペーンを積極的に繰り広げています。歯止めのない長時間労働を保育で支えるのは不可能ですし、このままでは親子も疲れきってしまいます。若い人は結婚して家庭をもとうという余裕すら無くしかけています。まず何よりも労働時間改革が必要と思われます。

ライフデザイン研究所主任研究員(2003年より横浜市副市長)  前田 正子

 

 

 このように前田 正子氏のお話は、大変インパクトがあり、最初に基調提言のような流れを創って下さったので、その後に登場した私達のお話は「利用者の視点から」「保育事業体の視点から」等の各論となり、全体として分かりやすい構成になっています。私からは、特に民間保育園に力を与えて下さる事が共生社会の実現になることを訴え、事例を通してそれを明らかにする展開でした。主な論点は

@どうして夜間保育所が増えないのか

Aエスカレートする学童保育への需要

Bどうする乳幼児健康支援一時預かり事業は

C幼児虐待と保育所の役割

 という4つの切り口から具体的に及んでいます。ちなみに学童保育が放課後児童対策事業として改正児童福祉法に記されているのに一向に定着しないのは、今までの経緯から自治体が縦割り構造そのままに、不特定多数が利用する健全育成事業と位置付けられているからでしょう。

 言うまでもなく保育園の延長保育や夜間保育を活かして両立を進めてきた家庭にとって、夕方5〜6時頃に終了する児童館ではどうにもならない深刻な問題です。基本的には、登録した学童児を専任保育者が担当する暮らしの領域ですから、せめて指導基準と基盤整備の補助事業とし保育園に位置付けることが課題になるはずです。

 自治体の保育行政もまた、受動的なバランス感覚による談合体質から脱却し、地方版エンゼルプランの策定等は、必要なニーズに直結する大胆な発想転換が求められます。三才児神話が解体した今、保育の質を担保する多様なサービスの充実拡大こそ、共生社会実現への至上課題です。なお保育園が家庭育児の補完をすることが、親の依存体質を助長することにならないかと危惧する意見もあります。

 従って当然ですが、保育園が発育上の通過点にあることを自覚し、「家庭」が育児主体性をもって親子の相互作用がいきいき活性化するよう支援する「助育」の姿勢が欠かせません。それには園全体を開放する子育てステーションに徹し、人と人とをつなぐ拠点になることが課題です。

 ちなみに育児ノウハウなどを伝える場合、同じ立場の親同士の方が、ずっと心をオープンにしやすい事を自覚すれば、それらをコーディネートする側面支援こそ園の課題です。こうして母性や親準備性を育むことは、いつの時代にも永遠の課題ですが、家庭や地域の育児機能が後退した社会では、保育園が地域の拠点になることが必要です。

 そのためには、保育園に大きな力を与えて下さることが大切であることを強調し、私の発言は終わっています。なお終了後、速記録を読み返してみると、どうも私の発言は保育園の都合に偏っているような気がして、再度メールで次のような追加提案を試みました。

 

―「女性の自立」と「ふるさと子ども育成計画」―

@女性の社会的自立を支援するために、就学前幼児を抱える母親が一定期間、子育てから解放される社会制度を構築する。

A母親から離れた幼児の生活は、別に創設する地方の里親制度を活用し、しかも日中の時間帯は近隣にある定員空きの保育園に在園する。

B育児休業制度を大胆に改革し、半年または三ヶ月単位の休業を保障し、その期間は豊かな親子のふれあう家庭生活を保証する。

C待機児の多い大都市圏の保育園には、幼児が減った分、三才児未満の入所を促進し、入所待ちを解消する。

D地方に委託された幼児には自然界を舞台にする直接体験の機会、特に「けもの道」体験を保障し、たくましい心身を育成する。

E里親の任用には、地方に在住するお元気な高齢者の活用を促進し、世代間交流による心の「ふるさと」づくりを目標にする。

 

 以上、大胆な構想(?)を掲げてみましたが、いかがでしょうか。過密過疎化の現象を抑止するにも、高齢化の地方を活性化させる上でも、子ども達にふるさとや自然との直接体験を保障するためにも、21世紀のエンゼルプランには、思いきった発想転換が必要かもしれません。何より、働く母親のライフスタイルを計画的に位置づけることが本人にとっても、雇用する事業体にとっても効果的ではないかと思うのですが……。

 

 

 

もどる