(2001年9月1日号)

「園の開放と不審者侵入防止策の両立は

―福祉施設のリスクマネージメントを考える―

特集

 いま福祉サービス、保育サービスは、利用者が選ぶ時代です。しかしその選択する基準や価値観は人によって違います。でも、いつの時代にも共通するのは、生命の「安全」が保障されているということに尽きるのでしょう。かつて、「安全」という概念は、水や空気と同様に、タダのものという認識が人の心を支配していました。

 ところが、クルマ社会など生活環境が様変わりし、子ども達の反射神経活動も低下してきました。しかも”いじめ”や暴力など凶悪な事件が頻発する時代を迎え、にわかに社会不安が増大してきています。その上、福祉制度改革によって利用者の権利意識が高まり、危機管理の体制が問われる時代になってきたのです。

 そんな背景から、福祉センターさがみ愛育会が、「リスクマネージメント検討委員会」を発足させたのは昨年のことです。基本的には天災を除き、保育や介護は人為的な領域ですから、少なくとも事故の発生頻度を減少させることはできるはずです。

 そこで、今まで事故となったアクシデントはもちろん、事故になっても不思議ではなかったようなインシデントの条件も含め、全ての事例を出し合い、その因果関係を分析する作業からはじめました。しかも、その結果を標準化させ、全職員の共有化を目指して、いま”ヒヤリハットマップ”事例集を作成中です。

 さらにこの「ヒヤッ!」としたり「ハッ!」としたような事例を活動マップに記し、注意すべき地点や内容を明示し、実際に赤や黄色のポイントカードによって表示する作業をすすめています。

 とにかく、他人の目や評価を気にする余り、自分の胸の奥にしまっていたような事例を、隠さず報告したり、発表できるような雰囲気づくり、そのための職員の意識改革がとても大切な条件になってきたのです。

 処が、大阪池田市で起きた「不審者の小学校侵入事件」によって状況が一変しました。犠牲者に心からご冥福をお祈りしながら学校より、もっと無防備な福祉施設、特に保育園の危機管理体制が不安材料となってきたのです。

 言うまでもなく、多数の乳児から幼児まで預かり、延長、夜間保育など早朝から夜遅くまでオープンするのが保育園です。その上、いまや地域の子育て支援のステーションとして、多数の親子を迎え長年蓄積してきた保育のノウハウをそのまま開放しています。

 それゆえ単に塀を高くし、監視カメラを設置したり、施錠すれば事足りるというわけでもありません。保育園の立地条件や施設機能から見ても、侵入防止のために適切な構造にないのが普通です。たまたま当園は、この池田小事件があった頃「保育と育児を考える週間」の期間中でしたが、その一環として父母から匿名のアンケートを集めていました。

 そこには、「入口が近いので不安」「明確な安全対策を示して欲しい」など利用者の不安な思いが率直に示されていたのです。早速、リスクマネージメント検討委員会は防犯のプロとしての警察署にお願いをし、担当官からこんなコメントを寄せていただきました。

 

 

 「最近、子どもを対象とした変質者等による声かけ事案、わいせつ行為、さらには誘拐、殺人事件なども発生しています。その手口は、巧妙に子ども心を操るかのように、「何か好きなものを買ってあげる。」とか「遊園地に連れて行ってあげようか。」などと誘うこともあれば、「お母さんが病院に運ばれた。一緒に病院に行こう。」や「道がわからない。案内してほしい。」などと騙し連れて行くこともあります。また単なる、うさ晴らしの犯行もあります。幼児を外で遊ばせる時には、こうした危険があることを忘れてはいけません。これらの犯罪やいたずらから被害を防ぐには、まずもって家庭や地域ぐるみの防止対策が重要となります。

1  家庭での対策

@友達が知らない人に連れて行かれそうになったら、大声を出すなどの方法により、大人に知らせる。

A知らない人からの誘いには絶対について行かない。

B夕方遅くなるまで遊んだり、知らないところには行かない。

Cなるべく一人歩きを避け、遊ぶ時は大勢で。

D通学、通園路は定められた通路を通る。

 

2  地域ぐるみの対策

@子どもの安全は、地域社会全体で守るという考えで。

A夕方、遅くまで遊んでいる子どもを見かけたら、早く帰るように一声かける。

B「こども110番の家」や防犯ボランティアと連携を図り、地域ぐるみの防止対策を強化する。

C子どもの遊び場や通学、通園路に目を注ぎ、死角となるような箇所を改善する。

 

3  保育園や学校での対策

@登下校は、できるだけ集団で行わせる。

A園児、児童は単独では遊ばせない。

B外来者からの面会の申込み、電話での呼び出しなどに対しては

ア 子どもとの関係

イ 用件

ウ 身分を証明するもの

 などを十分確認するとともに、職員が立ち会うとか、子どもの両親に連絡確認することが必要です。また子ども自身にも日頃から、防犯指導を行い、自分の判断でおかしな人、変な人を見分ける力を育てるとともに、防犯ブザーやホイッスル等を携行させ、非常時には周囲の人に知らせたり、「こども110番の家」(わかりやすいように看板を掲げています。)に駆け込むように教え、自己防衛能力の向上を図ることが必要不可欠です。

 こうして、子どもの安全を守るには地域、家族、学校、保育園ぐるみでの対策が必要なのです。また幼い子どものことですから、一度言っておけば、もう大丈夫という訳にはいきません。その日一日の出来事を夕食の場などで聞きながら、折にふれ繰り返し教えてあげて下さい。

相模原警察署生活安全課

防犯係  佐野 祐輝

 

 佐野氏が指摘するように、まず日頃から家庭も園も、安全意識を高めることが第一ですが、幼い子ども達多数が在園する保育園には、突然の不審者侵入を想定したマニュアルを明確にしておく義務があります。しかし一般に、不審者らしき挙動不審者が園内に入ってきた場合、発見した職員はそうでなかった事を惧れ、どうしても対応が後手後手に回りやすいものです。

 基本的には、施設内に無断で侵入することじたいが、不法侵入の犯罪行為ですから、即座に退去を命ずることができますが、マニュアルでは発見した職員が側について目を離さず、近くの職員に合言葉で非常事態を伝えます。それがすぐに園長など責任者に伝えられ、110番の緊急通報とともに、不審者対応を責任者が行い、全園児をすみやかに一ヶ所に避難させることになります。この場合、相手を興奮させないよう無用な刺激を出来るだけ避けるのが原則になるはずです。

 既に、多様なシュミレーションによる避難訓練を実施していますが、火災や地震の月例訓練があるだけに職員や子ども達の動きかたは、いずれも手応え充分です。ただ一つ心配だったのは、警察が110番通報に即応できるかという点でしたが、先日相模原警察の担当官を講師としてお招きした全職員の研修会で、周辺巡回中のパトカーが5分以内で駆けつける体制にあることを学びました。

 いまこの問題に対処するため、相模原警察でも特に巡回パトロールを徹底強化しているのです。当然ですが、池田小のようにナイフを持って襲ってくるような場合は、男性職員を中心に木刀や机椅子などを使って毅然と撃退することが必要です。

 実は、この不審者防止策を徹底した数日後、当園学童保育児が隣接公園で遊んでいたところに、いわゆる変質者?が近寄ってきたことがあります。しかし、職員チームのマニュアルに沿った素早い行動で、変質者は退散し、危機を回避することができました。

 いま、早朝は目視チェックのみですが、夕方4時半以降は最終8時まで正門前に設置する受付で、「父母家族」「地域」「ボランティア」に分けた名札を用意し、ゲストには名簿に記入していただいています。従って、父母以外の方が迎えの場合は、事前連絡が必要ですが、職員も名札を付けていますので、園内につけていない人を見かけたら不審者扱いになるわけです。

 また多数の人が、互いに監視し、チェックしあう体制を確保するため、送迎の父母や近隣の方など、園の周囲で挙動不審者に気づいたら「何かご用ですか」と尋ねる「一声運動」を展開中です。それは車上荒らしにも有効ですが、不審者侵入の予防的効果があり、一人一人が安全を守るという自覚を高める上でも意味があります。その後、相模原市も予備費計上による緊急対策を確保しましたが、いま園では周辺に防犯灯を増設したり、分園の非常ベル設置などを急いでいます。

 とにかく完璧な安全策などありませんが、園が父母や地域と一緒に総力を上げて、犯罪防止策に取り組んでいる姿勢を周囲に示すことこそ、不審者侵入の抑止効果になるのでしょう。

 いま保育園など福祉施設は、利用者評価、第三者評価が求められていますが、忘れてならないのは地域社会に所在する公的事業体であることへの自覚です。

 ちなみに利用者=地域ではなくとも不審者侵入や火災発生など、いざという時に真っ先に駆けつけてくださるのは近隣に住む方々であります。それゆえ私達が目指す福祉改革には「地域評価」という視点を抜きにしては絶対に語ることはできないのではないでしょうか……。

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